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2012年5月 3日 (木)

男には「愛」という感情が無いらしい

女性の愛情は、恋愛の初期から結婚,出産,育児にかけて、
脳の同じ回路が活性化するという研究結果があります。

一方、男性においては、自ずと湧き上がる愛情が抑抑無く、
女性に対して感じるのは、性欲のみなのだそうで、
その衝撃の事実に、苦笑を禁じ得ません。

よって、闇雲に「愛している」などと口走る男には、
まず下心があると考えて、差し支えないでしょう。
それが、人生経験の浅い若造であれば、尚更です。

考えてみれば、哺乳類のオスは、子育てに深く係わらない種が多く、
交尾の後、何処へと立ち去ってしまう者もいます。

但し、「子供に対する男性の愛情は記憶に因る」という研究結果もあります。
一寸、意外に感じましたが、確かに、親にしてもらった以上の世話を、
子供に施すべきだと、本能ではなくとも、倫理的に思います。
(未経験の分際ですが・・・)

女性の皆様におかれましては、夫が子育てに非協力的であっても、
不公平などと嘆かず、本能の赴くままに、我が子を愛すれば良いのです。

然も無くばその子は、人を愛することが出来なくなってしまうでしょう。

2012年4月 8日 (日)

セールス電話撃退体験談

先日、小生の職場に、セールスの電話が掛かってきました。
しかし、当該の電話番号は、社内と取引先のみが使うものであり、
一般には公開していません。

そこへ、耳慣れぬ社名を名乗り、「今日は皆様に、ライフプランのご提案を・・・」
と切り出したので、「それはセールスですか?」と、先手を打ちました。

相手は「・・慣れていらっしゃる?」とたじろぎながらも、商談を進めようとするので、
「ここは、セールスの電話が掛かってくる筈の場所ではありませんから、迷惑です。」
と突き放し、余計なことは言わず、相手が電話を切るまで待ちました。

ここで重要なのは、こちらから一方的に切らないことです。
再び掛けてきて「いきなり切るなんて失礼でしょう?」と、こちらを悪者に仕立て上げ、
優位を確保し、「お話だけでも・・・」と、攻め込んでくるでしょう。

「今は忙しい」という、軟弱な言い訳も厳禁です。
「では、いつ頃ならよろしいのでしょう?」と、食い下がる余地を与えるだけです。

即ち、相手は迷惑など省みず、「押し切った者の勝ち」と考えています。
しかし一本調子なので、頑として拒否すれば、すぐに打つ手を失います。

此奴等は何故、「片っ端から電話を掛ける」などという、
効率が悪く、人件費ばかりが掛かる手段を用いるのでしょうか?
メディアに広告を打つ費用も無い、「幽霊企業」だからです。

電話を掛ける者も、安い給料で雇われ、高いノルマを課せられているのでしょう。
しかし、同情する必要など、一切ありません。
生き様に筋が通っていないから、こんな仕事しか選ぶことが出来ず、
自分よりも弱い者を探しながら、生きる羽目になるのです。

因みに小生はこの後、
「この電話番号を、どのようにして知り得ましたか?」
「答えられないのなら、違法に入手したものと見なします。」
「ここに居る誰もが、ライフプランの指南など、必要としていません。」
「貴方のしていることは、私の解釈次第では、業務妨害となりますよ。」

という台詞も用意していました。

諦めてくれるのを待つのではなく、相手を上回る強引さで止めさせるのです。
残念ながら、このような状況においても、「弱肉強食」の論理が適用されるのです。

2012年3月31日 (土)

迷惑電話撃退体験談

先日、小生の職場に、不審な電話が掛かってきました。

「《社名》さんですか?」
「《テキトーな個人名》さんいらっしゃいますか?」

と、ビジネスにありがちな切り出しです。

幸いにも、小生の勤め先は組織が大きく、個人名だけでは特定できないので、
「どの部署の《個人名》にお掛けですか?」と訊き返したら、
途端に“しどろもどろ”になり、声も小さくなりました。

よく聞こえないので、「え゛?」と促すと、
「その『え゛?』という言い方は失礼でしょう!腹が立つんですけどね!」
と、有り得ないところに噛み付いてきました。
もはや、ビジネスの電話でないことは明白です。

ここで謝罪を一言でも述べようものなら、「じゃあ誠意を見せろ!」と、
無茶な要求をしてくるでしょう。
敢えて何も言わないでいると、「黙ってちゃ判らんでしょうが!」と捲し立ててきます。

ここまで責められると、電話を切ってしまいたくなる人もいらっしゃるでしょうが、
得策ではありません。
再び電話を掛けてきて、「勝手に切るなんて失礼でしょうが!」「誠意を見せろ!」
と、脅迫の威力を増すだけです。

小生は落ち着いて、「貴方の目的が解りません。」と突き放しました。
すると、「アンタは誰なんですか?」と、的外れなことを言い出しました。

勿論、答える義務はありません。
そもそも、電話を掛けたほうが「アンタ誰?」と訊くのが、おかしな論理です。
これにより、最初に出てきた個人名が、テキトーであったことが判明しました。

うっかり名乗ってしまえば、社名と実在する個人名の関与を教えることになり、
「此間アイツに失礼な扱いを受けた。」と、また電話を掛けてくるでしょう。
よって、「教えられません。」と答えたら、悪態と共に電話は切れました。

《傾向と対策》

相手はこちらのことを何も知りませんから、会話の中から探り出そうとします。
そして弱味を見付けたら、徹底的に攻撃し、優位を確保し、要求を通そうとします。

よって、正体の判らない相手には、何も言わなくて良いのです。
顔が見えず、手も出せない状況においては、対等ですから。

《考察》

何故、こんなことが起こるのでしょうか?
これは、人類が創り上げた「因果」です。

「誰か」に「何か」を任せていれば、「何となく」生きて行けてしまうような
文化を構築した挙句、いつも誰かの言いなりになる奴が増え、
それを利用するように、虚仮威しで他人を屈服させる輩も増えたのです。

これを防ぐには、少々難しいですが、生き様に“筋”を通すしかありません。
何事においても、自分なりの目標を設定できる者には、誰も迂闊に口出しなどしません。

《確立した持論》

筋を通さない奴に、情けは無用。

2012年3月17日 (土)

執拗な「昭和懐古」に関する懸念

昨今、昭和初期を懐古する映画やイベントが流行っていますが、
どうも、殊更に美化し過ぎているように感じます。

小生が幼少の頃を思い出してみると、例えば公害の問題が顕著であり、
「光化学スモッグ注意報」を何度も耳にした記憶があります。

即ち、急激な経済成長に感けて、モラルが等閑となり、社会全体にルールが緩く、
多少の不正は“馴れ合い”で許容するような風潮がありました。

そうやって蓄積した“歪”が、現代にまで影を落とし、
もはや、国家経済をも傾けているのです。
然為れば、少なくとも景気の良かった頃を、振り返りたくもなるのでしょう。

「温故知新」と云われるように、過去の良い部分を見倣い、
現在を生きる糧にすることは結構ですが、
“良い事尽くめ”であったかのように惚けていては、前に進むことなどできません。

2012年3月14日 (水)

「美貌によって幸せになれる」という理論に対する疑念

「学歴を積むより、整形手術でもしたほうが幸せになれる。」
という理論を打ち立てた人がいます。

確かに、容姿に優れていれば、異性の目を惹き付け易くなります。
就職の際でも、人事担当者を蠱惑できれば、有利に事を運べるでしょう。

しかし、学識や知識が無ければ、そこからが大変です。
縦しんば、有力者の目に留まり、寵愛を受けたとしても、
中身が空っぽな人間は、すぐに“底”を見透かされ、飽きられます。

美貌を駆使しながら、次々と転身することも、一つの生き方ではありますが、
浅はかな手口を繰り返していては、いつまで経っても、“薄っぺら”な人間のままです。
当人が「幸せ」であることを主張しても、周りの人々には、
果たして、どのように映るでしょうか?

小生の持論では、「心構えはツラ構え」です。
強い心で、生き様に筋を通していれば、
自ずと顔の筋肉が緊張し、見栄えが美しくなります。

逆に、生来美貌に恵まれていたり、外力に依って美貌を手に入れたとしても、
それに甘えていては、やがて顔の筋肉が弛み、美しい筈なのに、
何処かしら、他人に不快感を与える顔つきになってしまいます。

外見をいくら磨いても、内面にまでは届きません。
内側から滲み出る輝きは、決して曇りません。

2012年3月 8日 (木)

第7回大阪アジアン映画祭

小生がエキストラで出演した作品を含む映画祭が、3月9日から開催されます。

小生は、インディ・フォーラム部門の『Dressing Up』の中で、
主人公の担任教師の同僚として登場します・・・と云っても、
同僚教師が登場するのは、2シーンしかありませんが・・・。

台詞もありますが、全てアドリブです。具体的な演技指導が無かったので、
論理的思考力を以て、状況に応じた台詞を考えました。

同じエキストラでも、超大作の“賑やかし”になるより、
このような作品のほうが、“手応え”が感じられますね。

願わくば、この組織と共に成長してゆきたいものです。

歩数の減少傾向に対する憂慮

現代人は、過去の人と比べて、歩数が確実に減っているという統計結果があります。

小生の記憶では、小学校では、地区毎に小さな集団を組み、徒歩で登校していました。
中学校では、一部の遠隔地に住む者に、自転車通学が許可されました。
高校では、電車やバス等の交通機関を利用する通学が当たり前になりました。
即ち、大人になるに従って、歩く機会が減っています。

小生は、通勤で“早歩き”しているので判りますが、
歩く動作は、腰から下の広範囲の筋肉を使います。
これが弱ると、真っ直ぐ立つことにすら、疲労を感じます。

電車の中や駅で座り込む若者達は、きっと、最低限の筋力も残っていないのでしょう。
このまま老いると、果たしてどうなることか、他人事ながら心配になります。

「貯筋」という概念があります。
老化による筋力の低下は避けられませんから、若いうちに筋力を“貯えて”おき、
歩けなくなる時期を、可能な限り遅らせるのです。

現代人は、これを怠るどころか、筋力を弱らせるような選択ばかりしています。
遠い未来、人類は、一切歩かなくて済むような文明を構築しているかも知れません。

2012年2月23日 (木)

「浮気は男の甲斐性なのか?」という永遠の課題

男が浮気をして、妻に責められたとき、よく使われるのが、
「浮気は男の甲斐性である」という言い訳です。

「甲斐性」を辞書で調べると、「物事を立派にやり遂げていく能力」とあります。
パートナーが嫌がることを「立派にやり遂げる」などとは、おかしな論理です。

できるだけ多くの子孫を残したいと望むのは、動物のオスの本能です。
しかしそれは、実は母親の意思であり、
「我が一族の遺伝子を、できるだけ多く、遠くまでバラ撒いてきなさい。」
という命令を遂行している・・・と考えることもできます。

嫁と姑が相容れない理由は、ここにあるのかも知れません。

野生の生き物では、生存に適さない者は淘汰され、
自ずと、優れた遺伝子を持つ個体だけが残ってゆきますが、
人間は、生殖に理性を介入させ、この論理から逸脱します。

例えば、お金を払ってでも、その行為をしたがるクセに、
“責任”だけは取りたがらない男が居ますね。

こんな卑屈な種族が、何の抑制も無く増えていったら、
地球の生態系バランスは、瞬く間に崩れてしまうでしょう。

よって、人間に限っては、浮気は許されるものではありません。
自己の欲望を抑制できる者こそが、種族を存える資格があると信じます。

《余談》
男性向けの漫画や映画の主人公には、性的魅力に溢れ、浮名を流しながらも、
人望が厚く、仕事もそつ無くこなす、何故か憎めない男が登場しますが、
これは、男の欲望を具現化しただけです。実在するはずがありません。

2012年2月21日 (火)

死刑確定事件についての考察

13年前の事件に、ようやく鳧がつく見通しとなりました。

被告の弁護側は「子供がした事だから」と主張しますが、
どうやら、そんな程度では許されないほどに、社会が変わってきたようです。

18歳未満は、司法的には「未熟」ですが、近年、狡猾な知恵ばかりを身に付け、
つまらない欲望のために、大それたマネをするガキが現れるようになりました。
これは、間違い無く親の責任です。

ただ一度の過ちが、取り返しのつかない事態を招くことを、
たとえ手遅れでも、学んでもらわなければなりません。

人類全体のモラル低下は、既に進行しているのです。

一方、原告であり、遺族である男性の「勝者はいない」という言葉は、心に沁みます。
妻と子を殺されながら、何故これほどのことが言えるのか、ただ脱帽するばかりです。
別の事件で、「無罪を勝ち取る」云々ほざいている奴に、聞かせてやりたいですね。

小生は、映画「悪人」を思い出しました。
これの登場人物は、皆それぞれに危うさと葛藤を抱えており、
言わば、全員が「悪人」でした。

「事実は小説よりも奇なり」とバイロンは云いましたが、
悪事においては、そうあってほしくないものです。

2012年2月19日 (日)

書籍に求められる内容の変移に対する憂慮

近年、書籍に求められるものが、変わってきているようです。

そもそも書籍とは、単なる情報に過ぎません。
どう活かすかは、読者の裁量に一任されているはずです。

しかし最近では、具体的な指南までが求められ、
その記述が無ければ、読者は興味を示さないのです。

人間は日々、暮らしを便利に,豊かにしようと工夫しています。
やがて、さしたる努力をせずとも、容易に成果が得られるような文化を構築し、
その結果、面倒な経過を端折り、結論ばかりを求める者が増えてきたのです。

書籍に対しても、「解り難い」と難癖をつけ、「手取り足取り」の指南を
求めておきながら、恐らく失敗すれば、著者や出版社の所為にするのでしょう。

知識は、言わば「ピラミッド」のようなものです。
無駄とも思える些細な雑識を積み重ねることにより、一つの真実に辿り着きます。
いきなり頂上へ行こうなどとは、無謀かつ傲慢と言う他ありません。

人類は、必要な情報を収集し、自らに役立つよう整理する能力において、
既に退化しているようにも感じられますが、特定の少人数が知恵を絞り、
大多数が従うという図式は、最早「淘汰」なのかも知れません。

«体罰の是非についての考察

重要でないお知らせ

  • 3/9
    「第7回大阪アジアン映画祭」を宜しくお願いします。
  • 2/23
    「浮気は男の甲斐性・・・」加筆修正しました。
  • 4/2
    アマチュア芸能活動写真を再掲載しました。
  • 12/27
    写真を追加しました。
  • 11/23
    写真を追加しました。
  • 6/27
    写真を追加しました。
  • 11/5
    一度コメントが通った記事に、スパムが付くようです。
  • 9/25
    Ping送信して間もない記事に、スパムが付くようです。
  • 8/28
    『恋と愛の違い…』改訂しました
  • 8/25
    最新の記事のみコメントとトラックバックを受け付けません
  • 8/24
    『HOME-空から見た地球-』記事完成しました
  • 8/11
    コメントを受け付けるようにしました
  • 8/6
    ニコッとタウンに住居を構えました
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