2008年10月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月

2008年2月29日 (金)

「初デートの食事代を如何に処理するか」という永遠の課題

小生も、「お見合いのようなもの」を経験したことがありますが、

事前に申し合わせでもしていない限り、
食事の後は、黙って先に財布を出すようにしています。

相手がそれを気にしているようなら、
「次回は、貴方が知っている素敵なお店に連れて行って下さい。」
とでも言って、その場は収めます。

その後、二度と会うことが無かったとしても、
それは“授業料”として支払ったと解釈します。

要は、お金の支弁にどんな理由を付与できるかという、
思考力の柔軟性の問題だと思うのですが、
残念ながら多くの男は、その柔軟性に欠け、
支払った金額に見合う、物理的な見返りを要求します。

人間の行動や感情を、お金に置き換えようとする人は、
(社員を抱えた事業主ならともかく、)
これから愛情を育もうとするパートナーとしては、
不適当でしょう。

数年前の話ですが・・・、
とある女優さんが、とある会見の場で、「座右の銘」を訊かれたとき、
「無功徳」と答えたことが、強く印象に残っています。

弱冠10代だった彼女が、柔軟かつ強靭な精神力を備えて
いらっしゃることに、小生、甚く感銘を受けると同時に、
無知な自分を恥ずかしく思いました。

読者の皆様にも、こと恋愛におかれましては、
「無功徳」について御一考の方、よろしくお願い申し上げます。

2008年2月23日 (土)

成人年齢を18歳に引き下げる提案に関する懸念

《『週刊木村剛!』様/・・・18歳以上を成人にする?》

小生、「成人」と呼ばれる年齢を随分と過ぎておりますが・・・、

「成人」の定義を18歳に引き下げることは、
国民の側から見れば、メリットは僅少です。
飲酒も喫煙も、興味のある者なら、年端も行かぬうちから手を出しますし、
政治に興味の無い者なら、20歳を過ぎても選挙になど参加しません。

これはむしろ、行政面でのメリットを狙っていると、小生は邪推します。

酒類や煙草の消費量の増加が見込めますし、
有権者の増加により、投票率が少しは上がるでしょう。
結婚が早期化すれば、少子化に歯止めが掛かるかも知れません。

しかし、それらの法整備に手間(と税金)を掛けた割には、
期待するほどの効果はあがらなかった・・・
という結末も予想されます。

環境・自然の記事でも述べましたが、重要なのは、
ルールの制定ではなく、個人の意識が変わることです。
それは、官にも民にも当てはまることであると断言します。

「欲しいものが手に入らない」と嘆く前に

小生も若年の頃、「恋人が欲しいなぁ・・・」
「もっとお金があればなぁ・・・」などと、
漠然と考えながら生きていた時期がありましたが、
当然、そのような“腑抜けた願望”が叶えられるはずもなく、
寄って来るのは、性別を問わず、
同じようなことを考えていらっしゃる方々ばかりでした。

しかし、ある日突然、
「何か欲しいものがあるのなら、まず自分自身が、
それに相応しい“品格”を身に付けるべきだ。」
と思い立ちました。

持ち物や所作など、自分に関わるあらゆるものの
品位を改善すべく見直した結果、
“憑物”が落ちたように、浅ましい欲望が無くなりました。
つまり、「欲しいものが手に入らない」のではなく、
「要らないものを欲しがっていた」のです。

《『afi style』様/追えば逃げる》

アフィ様の言葉を借りて云い換えるなら、
追いかけても手に入らないものは、要らないもの・・・
或いは、不釣合なものです。

小生、どうやら「追いかける」状態からは脱却できたようですが、
まだ、誰かに「追いかけられている」実感はありません。
一日も早くその“境地”に到達できるよう、
精進を続けてゆく所存でございます。

2008年2月20日 (水)

理不尽な事象への対応についての考察

《「うつ」な人ほど強くなれる/野口敬様》

とかくこの世は、理不尽な事象に溢れています。
あまつさえ、複雑多様化する世情において、
それは増えてゆく一方であり、
もはや不可避の問題と言えましょう。

理不尽な目に遭うと、つい逃げ出したくなりますが、
それは賢明な手段ではありません。
真摯に向かい合って対応するべきなのですが、
文字通り「真っ向勝負」を挑んでも、
無為に体力と精神力を消耗するだけです。

理不尽に限らず、何らかの異変と対峙する際、
近づきすぎると視野が狭くなり、
不本意な結果に至ることが多々あります。

例えば自動車を運転していて、前方の車の速度が非常に遅い場合、
煽ってやろうと不用意に近付けば、事故を起こす確率が
飛躍的に高まります。至極当然です。

一定の距離を保って観察すれば、全貌が見えてきます。
情報を収集し、時には誰かに相談し、
落ち着いて対処すれば、問題は必ず解決できます。

そうやって自信が身に付けば、やがて、
理不尽のほうから、避けてくれるようになります。
これは既に、小生が経験済みです。

2008年2月19日 (火)

何事にも感謝できる感性を養いましょう

とある識者の論によると、
「人間は、生まれたときにゼロから始まり、
生きている間は常に“プラス”の状態であり、
死ぬときにまた、ゼロに還る」らしいです。
だから、身の上に起こる全ての事象に対して、
常に感謝するべきなのです。

僭越ながら、ここに小生の持論を付け加えさせて頂きますと・・・、
プラスをマイナスに揺り動かすような事象・・・
例えば、何か失敗をしたときや、誰かに責められたときにも、
「間違いに気付かせてくれてありがとう」と言えるほどの、
感性を養っておきたいものです。

《『チャン・リーメイの天来香』様/感謝の法則》
《なんで屋(関西)様/感謝は万能薬》

《『るいネット』様/謝罪から感謝へ、そして新たな活力へ》
《『こころもからだも元気いっぱい』様/感謝の謝》

2008年2月15日 (金)

自分も排出しているであろう廃棄物に関する懸念

《『Earthday Friendship Walk』様/地球のために明日からできること、もう一つ》
小生、何らかの商品を買って包装を解く時に、
「これは、人間が使う物をたった一回運ぶ為だけに造られたものだ。
一体どれほどのエネルギーを消費しているのか?」と、
漠然とした懸念を抱いておりましたが、
こちらの記事で具体的な数値を知り、
より確固たる感情へと変移しました。

我々人類のやっていることを端的に言えば、
貴重な資源を、土にも還らない廃棄物に置き換えているだけです。
焼却したところで、この世から消えて無くなるわけではありません。
化学的に考えれば、分子構造が変わって、空気中に漂っているだけです。

昨今、環境保護の重要性が叫ばれている一方で、
消費活動に関しては、「使い捨て」より他の選択肢が
非常に少ないことに困惑し、もどかしさを感じております。

折しも昨今、
「家庭から出るゴミの量も、目標値を決めて削減するべきだ。」
という声が、各地で挙がっています。

個人の力がどこまで通用するか判りませんが、
小生は、以下のことに留意しようと思います。

・まず買う前に、本当に必要な物かどうか考える。
 その物品が無くても、他の物で代用できないか思索する。

・買うことに決めたら、長持ちしそうな品を選ぶ。

・壊れたら、基本的には修理する。
 買い替えたほうが安くても、修理する。
 修理に必要な技能は、積極的に習得する。

・壊れたままでも、他に使い道が無いか思索する。

・捨てる場合でも、全部を捨てなければならないか、
 部分的に交換するだけで済まないか思索する。

挙げみると、いずれも相当な思考力を要求しているようで、
実践できるかどうか不安になってきましたが、
そもそも人間は「考えること」に特化して、進化してきました。

否、むしろ、物理的に満たされたせいで、
精神的には、退化しているのかも知れません。

だとしたら、地球を救う為に今一度、
進化を試みるべきではないか・・・と思います。

2008年2月12日 (火)

個性を発揮する子供の教育についての考察

《『家庭を聖域にしてはいけない』様/親和充足によって親も育つ》
非常に興味深いお話でした。
つまり、優れた才能を秘めた人は、子供の頃から、
それが溢れ出ることを抑え切れないのでしょう。

小生、義務教育の必要性は理解できますが、
型に嵌まらない子供を「異常」と見做す風潮に疑問を感じます。

そもそも人間の素質は、一概に優劣を問えるほど単純ではありません。
縦一列に並べて順位をつけることも、
横一列に並べて順位をつけないことも、
どちらもナンセンスです。

小生は、宇宙空間に星が浮かんでいる状態を想像します。
そこに方向の概念は無く、ただ相対的な距離があるだけです。

大人たちは、宇宙の如く壮大な博愛の精神を以て、
子供たちを導き、そして見守ってあげるべきでしょう。

2008年2月 7日 (木)

中国製食品への薬物混入事件についての考察

《『ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘』様》
《『るいネット』様/貧乏人は毒を食え?》

小生、この度の事件で、
極めて身近に脅威が迫っていたことに戦慄しました。

原因や責任の追及は、個人が詮索しても、
きっと真相には辿り着けないので、扨置いて・・・。

今や世界中の企業が、あの国での生産活動に注目しています。
理由はただひとつ、人件費が安いからでしょう。
しかし、いつまでも安定した状態が続くとは思えません。

小生の持論では、急激に成長したものは、必ず“歪み”を含み、
いつか同様の勢いで衰退します。
否、もう既に、兆候が見えているはずです。

そもそも日本の企業が、国内に向けた商品であるにも関わらず、
海外の工場で作ったほうが、輸送費を含めても安い・・・
という状況が異常です。

企業の皆様におかれましては、
苦心惨憺の果てに絞り出した苦肉の策でしょうが、
要は、より安価な手法を採択しているにすぎません。

ひとたび事故が起これば、事態の収拾に手間が掛かり、
結局は、大きな損失を発生させることになります。

保身に力を尽くすよりも、信頼に足る堅実な製品を作り、
消費者にアピールするほうが、長期的に見れば
得策であると、提言申し上げます。

そして我々消費者も、誰かに押し付けられているような
消費生活を見直すべきでしょう。

自身や家族を守るためには、積極的に情報を収集し、
危険を発見する洞察力と、それを早期に排除する行動力を
身に付けなければなりません。

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

フォト
ブログ:ココログ