「恋」と「愛」の違いについての未熟者の戯言
恋の始まりは無様です。
ふとしたことから、特定の異性が気になり、
「顔が見たい」「声が聞きたい」等の欲求を抑え切れずに迷走します。
相手が応じてくれれば、「恋」として成り立ちますが、
“求める”が“求め合う”に変わることは、若干の危険を孕んでいます。
かつてNHKで放送された『女と男』では、「恋は盲目」現象と、
それには“賞味期限”があることを科学的に解説していました。
恋を謳歌している真っ最中は、悪因を一切度外視します。
「愛している」などと口走ることもありますが、
これは、昂った気持ちの裏にある不安を払拭すべく、
刺激の強い言葉を選んでいるだけです。
やがて“期限”が切れたとき、
多くの場合、夢から醒めたように別れたり、
取り返しのつかない状況に後悔したり、
不本意な結果を「こんなものだ」と自分に言い聞かせます。
それらの失敗を避けられたものだけが、「愛」へと昇華します。
そこに雑念や賎欲は無く、苦痛も感じません。
恋とは対照的で静かな、そして揺るがない感情が残ります。
常に相手の心情を察知し、自分に何ができるか考え、
行動や態度で示し、決して見返りを要求しません。
掛ける言葉は「愛している」ではなく、
「お疲れ様」等、思い遣りの趣旨が強くなるでしょう。
・・・とは言え小生、
恋愛に関しては、碌な経験をしておりませんので、
能書はこの辺りで止めておいて・・・、
「恋は理性で選ぶ素材であり、愛は本能で創り上げる作品である。」
と結論づけて、お茶を濁しておきましょう。


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