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映画・テレビ

2009年10月30日 (金)

NHKスペシャル10月11日放送『原発解体』

見解としては、過去の記事で述べた通りですが、
結局は、全て「お金」の問題であることに失望しました。

多くの人命に関わるような、取扱いに慎重を要する問題ですら、
人間は“天秤”にかけてしまうのです。

建設するときは、都合の良い言葉ばかりを並べ立てながらも、
どうにも処理できない廃棄物が出ることは解っていたはずです。
「このような事態は想定していなかった。」とは、所詮言い訳であり、
不利益なことを考えようとしなかっただけです。

これは何度でも言いたいことですが、
原子力発電が二酸化炭素を排出しないのは、発電工程においてのみです。
その他の運用面においては、凄まじい量のゴミを排出しています。

まるで、お酒や煙草のような嗜好品・・・或いは、麻薬中毒のように、
その効果だけを貪欲に追い求めているように感じます。

原子力とは、人類にとって「過ぎた道具」だったのでしょうか?
ウランなど、掘り当てるべきではなかったのでしょうか?

しかし、使い始めてしまった以上は、
それを抑制できるように“進化”しなければなりません。
できなければ、緩やかに滅びてゆくだけです。

2009年9月25日 (金)

NHKドラマスペシャル『白洲次郎/最終回:ラスプーチンの涙』

最終回も、興味深く拝見しました。

白洲殿は一見、粗暴な性格のようですが、
実はとても柔軟な思考力を備えていて、
それを自身で意識することなく、使いこなしていたように見受けます。

しかし、そのような性格であるが故に、
面倒事ばかりを押し付けられてしまったのでしょう。

アメリカ側からは、無理難題を突き付けられ、
日本側に戻れば、非難の言葉を浴びせられ・・・、
いわゆる“板挟み”の状態で、筋を通すことは容易ではなかったでしょう。

印象に残った台詞を以下に挙げてみます。
これはあくまでも演出であり、
本人が言ったかどうかは定かではありませんが・・・。

「俺は何者でもない・・・生まれる時も、死ぬときも。」

「俺は百姓の天才でも、政治の天才でもないが、
 自分にもできることがあると信じた。」

「俺は、俺自身の良心 -プリンシプル- に従って生きる。
 俺の幼稚な良心に逆らう者は、皆吹っ飛ばしてやる。」

「格好良い」ということは、格好悪いことも黙って引き受け、
何食わぬ顔で過ごしてしまうことなのでしょう。
小生も、大いに見習ってゆきたいと思います。

2009年8月26日 (水)

NHKスペシャル『日本海軍400時間の証言』

よくぞ、これほどの記録を残しておいてくれたものだと、感心しました。
しかし同時に、その他の公文書を処分してしまった卑劣ぶりに、
幻滅もしております。

戦争を始める理由が、実に“くだらない”ことであると理解しました。

極少数の意固地な人物が、既得権益に執着し、
有力者の威を借りながら、陳腐なプライドを振り回す・・・。

残念ながら、人類は戦争を訓戒とはしていないようで、
現代の社会にも、これに酷似する事例が散見されます。
特に「やましき沈黙」については、
官民を問わず、数多の組織に蔓延しており、
組織の規模に比例して、その傾向が強くなるようです。

大きな樹木ほど、果実が腐っていることに気付きにくい・・・
ということでしょうか・・・。

小生の身近にある、極めて大きな組織においては、
「出る杭」タイプに対し、それを打ちたがる者が100倍程居ます。
こうなると、個人には抗う術がありません。

このような組織に希望はありません。早々に見切りをつけて、
“腐らされる”前に離脱するほうが賢明でしょう。
それが必ずしも「敗北」を意味するとは限りません。

2009年8月11日 (火)

ドキュメンタリー映画『HOME-空から見た地球-』

写真を見た限りでは「美しい」という感想しかありませんでしたが、
映像となり、ナレーションが加わると、それは異変の結果・・・
或いは現在も進行中であり、
ベルトラン氏が伝えようとしていることへの理解が深まりました。

「種の連鎖において、木はその頂点にある。」
「全ての生命は、水に空気、土や草木と連鎖して、魔法のように目の前に広がっている。」
「木は、地球の生物の4分の3の住処となる。全ての命といっても過言ではない。」

植物とは、非常に完成度の高い生命体であり、
自力で植生域を拡大する能力の高さを考慮すれば、
事実上、地球の支配者と呼んでも差し支えないでしょう。

「40億年分の地球の財産を、人は存分に享受する。」
「人間はたった20万年で地表を変えた。」

つまり、資源が蓄積された期間と比べれば、
人間はそれを、一瞬とも呼べる速さで食い潰しています。

「農業の発明が、人と自然の関係を変えた。」
「化石燃料の発見が、とてつもない変化を地球にもたらした。」
「1950年以来、人は地球を根本から変えてしまった。」

人間と植物は、炭素を循環させる作業において、対局に位置しています。
しかし今や、そのバランスは大きく崩れ、
人類は、自ら絶滅へと向かう環境を造り出しています。
そうなれば植物は、またゆっくりと炭素を地中に蓄積してゆくでしょう。

「より速く/Faster than faster」
「期待と幻想は私たちの必要を超え、欲望と無駄遣いで膨れ上がる。」

地球の生誕以来、生物の生存に適した環境など、
奇跡的な条件で成り立った、ほんの僅かな期間でしかないのに、
人間の飽くなき欲望が、その終焉を早めています。
生き急ぐことは、すなわち死に急ぐことなのです。

「連帯を断ち、壁を作るのが人の常か」
「少数の幸せを守り、大勢を犠牲にし続けるのか」

あまり考えたくはありませんが、人類は無為に増えすぎたようです。
野生動物なら、進化や移動を繰り返し、
時には自己淘汰しながら、生命を繋いでゆきますが、
人間は下手に理性を発動させて、その摂理を歪めています。

「大切なのは、失ったものより、今残っているもの」
「問題の解決策は、必ずある」
「人には、変わる力がある」

人間は変われる・・・というより、変わらなければなりません。
例えば、8つの“確かなもの”を手に入れる為に、
10の“不確かなもの”を失う覚悟が必要でしょう。

この程度の覚悟もできず、かといって進化も移動も拒む者は、
地球の意思によって、淘汰されてしまうでしょう。

2009年6月24日 (水)

NHK6月20日,21日放送『SAVE THE FUTURE』

《川の光》

子供向けのアニメと思って油断していたら、
幾度か、涙腺を緩まされる事態が起こりました。

人間が造り出したものは、動物にとっては何の価値も無く、
むしろ、意図せぬ迫害に成り得ることを理解しました。

《日本の、これから》

去年と同様、論議が一向にまとまらない印象を受けましたが、
人類がこの問題を放置してきた年月の長さを考慮すれば、
数時間程度の討議では、とても結論は出ないものと思われます。
それでもやはり、議論は続けるべきなのでしょう。

設問「仕事や暮らしを変えられますか?」

出席者たちの意見は、
「当然変えなければならない」
「変えたくても変えられない」
で二分拮抗し、悲愴感すら漂っていましたが・・・、

小生はかつて、変化も移動もできない者は滅びることを知りました。

先般アニメのネズミたちは、命懸けで移動を試みました。

経済の飽くなき発展と、人類の永劫安泰は、所詮“二律背反”であり、
資源を消費しながら「人間らしい最低限の生活保証」を求めても、
生半可な覚悟では、地球は許してくれないかも知れません。

僭越ながら、類似記事を書いていらっしゃる方に、
トラックバック送信させて頂きました。
《ヒトと社会と地球を大事にするコラム》様

2009年5月14日 (木)

テレビ朝日5月10日放送『素敵な宇宙船地球号』

先の「人食いライオン」に類似した、人を襲うサメの話題でした。

某映画の影響なのか、我々人間の脳裏には、
サメは凶悪な生物であるかのように刷り込まれていますが、
サメが悪意を以って人間を狙っているわけではありません。
(少なくとも、現在のところは・・・)

そもそも海は魚類のテリトリーです。
生半可な覚悟で不用意に入って行けば、
その営食に巻き込まれてしまうでしょう。

小生、この度の放送で初めて知りましたが、
サメは4億年も前から、その形態があまり変化していません。

それはつまり、生き物としての完成度が高いことを意味し、
海における食物連鎖の頂点に相応しい存在であり、
番組に登場した写真家が「美しい」と絶賛することも納得できます。

しかし人間は、そんな“先輩”を忌み嫌い、
あまつさえ、高級食材を採取する為だけに殺したりします。
現地の漁師は「サメを過保護にすれば増えてしまう」と言いますが、
それは人間も同じことであり、
事実上、陸における食物連鎖の頂点になっていることが
恥ずかしくなってきます。

小生、金輪際フカヒレを食べる気にはなれません。
そして、サメが「人間は捕食容易な獲物である」と
認識してしまわないことを祈ります・・・。

続きを読む "テレビ朝日5月10日放送『素敵な宇宙船地球号』" »

2009年5月 8日 (金)

NHK5月4日放送『立体生中継 地球LIVE』

炭素が空気中,地中,水中を、極めて長期のサイクルで
循環していることが理解できました・・・が、
殊更に数量表現を多用していることには、少々違和を感じました。

地球の何処に、どれほどの炭素があれば正常なのか、
人間が決めて良いことではありません。

地球が生誕してから、その環境は着実かつ壮大に変動しており、
現在、生物が生存していることは、奇跡的な偶然に過ぎません。

宇宙飛行士の若田光一殿がコメントで述べた、
「人間が地球を支配しているような錯覚・・・」
という件(くだり)が印象に残っています。

地球にある資源で道具を作り、宇宙に飛び立ち、
そこから地球を見ることができるということは、
「自分たちが何をしてきたか、見直してみろ。」という、
地球の“思し召し”なのかも知れません。

小生、番組を通じて・・・、
炭素の吸収という現象においては、森も海も既に飽和状態にあり、
これからは、放出の一方に転じてゆく・・・。
そのようにも感じました。
そうなれば、真っ先に人類が、深刻な打撃を被ることでしょう。

少しでも長く、この地球に居座り続けたいのなら、
“奇跡的な偶然”を認識し、感謝し、
自滅を早めるような愚行をせぬよう、心掛けたいものです。

2009年3月10日 (火)

NHKドラマスペシャル『白洲次郎/第二回:1945年のクリスマス』

小生、第一回にエキストラ出演していた縁もあって、
今回も興味深く拝観しました。

中でも、青山二郎に打ちのめされ、自棄になった正子に、
次郎が言った台詞が印象に残っています。

「他人の言葉を気にするな。」
「君は君のままでいい・・・そこに一番価値がある。」
「君にしかできないことが、きっとある。」
「君が必要だ。」

現代でも、彼女と同じ気分に苛まれている人が、
案外多くいらっしゃると推察します。

先の記事で「筋を通せば正しくなる」旨を述べましたが、
昨今、筋が通らずとも、強引な態度のみで、
他人を屈服させようとする人が増えているようです。

要は「ハッタリをぶちかまして、相手が怯んだら勝ち。」
という理論です。

小生も過去に、そのような“虚仮威し”に屈して、
軽度の鬱に陥った経験があります。
しかしある日「安易に他人を不快にさせる人が、
自分より優れているはずがない。」と覚醒し、
以降、筋の通らない言葉は、耳に入らなくなりました。

終盤では、次郎がマッカーサーを怒鳴りつける場面がありました。
これは、逸話として語り継がれていることであり、
真偽の程は定かではありませんが、彼ならやり兼ねないでしょう。

つまり、筋を通すことができれば、
相手が何者であれ、対等以上に渉り合えるのです。

取り敢えず小生は・・・、
上司が理不尽な発言をしたら、楯突いてみることにします。

2009年3月 5日 (木)

NHKドラマスペシャル『白洲次郎/第一回:カントリージェントルマンへの道』

僭越ながら小生、執事としてエキストラ出演しておりました
・・・が、顔が識別できるシーンはありませんでした。

残念な気分は扨置いて・・・、
大工のミヨシが、少年期の次郎に言った台詞が印象に残っています。

「正しいという字は、一つの処に止(とど)まると書く。」

これは、特定の事物に固執することではなく、
一定の状態であり続けるよう、努力すること・・・
要は「筋を通せ」という意味であると解釈します。

ドラマの背景は、まさに“激動の時代”でした。
その中で、ひとつの意志を貫くには、
相当の気概が必要となったでしょう。

彼の生き様を見ていると、
多少粗暴であっても、終始一貫して筋を通すことができれば、
それは「正しいもの」として認知されるように感じます。

現代は“激動”と呼ぶには、若干刺激に欠けますが、
あらゆる事物が、定まるところを知らずに揺蕩っており、
何が正しいのか、誰も判らなくなっています。
だからこそ、『白洲次郎』が注目され、
このようなドラマが製作されたのでしょう。

小生も彼を見習い、足元にも及ばないとしても、
「正しい」生き様を示せるよう、精進してゆく所存と致します。

2009年2月19日 (木)

TBS2月11日放送『水曜ノンフィクション』婚活最前線~結婚できない男と女~

少々耳の痛い話題でした・・・。
小生「適齢期」と呼ばれる時期など、疾うに過ぎておりますが、
そもそも「適齢期」という概念に疑問を感じます。

取材に協力した男女たちには、悲喜交々様々な感情があるようですが、
いずれも「特定の年齢になれば、結婚しておくことが
社会的な常識である。」という強迫観念に囚われており、
自我を圧殺しているようにも見えます。

斯く言う小生も“何らかのサービス”の御厄介になったことがあります。
幾度の失敗を重ねて、絶望に打ち拉がれたこともあります。

こんな時、一般的な思想では「理想が高過ぎるのかな・・・」
と自分を疑うのでしょうが、
小生は敢えて、更に理想を上げることにしました。
しかもそれは「身の程知らずな高望み」です。

目標を高く設定すれば、余計なものは視野に入らなくなります。
要領は、過去の記事で述べた通りです。
そうして、たった一つの真実に辿り着いたときが、
自分の「適齢期」であると信じています。

因みに、スタジオ女性陣の意見は、
総じて「頼りない男にはついて行けない」でした。
つまり賢明な女性は、結婚という制度に従う前に、
その本質を追及しているのです。

よって「婚活」に臨む場合・・・特に男性諸氏には、
確固たる信念を以て取り組み、くれぐれも、
功を急ぐことのないよう、勧言申し上げます。

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