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知識・教育

2009年4月 8日 (水)

企業の新人育成に対する憂慮

新年度を迎えるにあたり、小生の職場にも、
新入社員が配属されてきました。
その中に、特に対象的な二人がいます。

《明るくて活発なタイプ》
人懐っこく、誰とでもすぐ打ち解けますが、
行動がやや軽率かつ奇抜であり、時間にもルーズな傾向があります。
或る日の朝突然「体調が悪い」と、休暇を申し出てきました。
上司は苦笑いで容認しましたが、これが繰り返されるようなら、
社会人としての資質が問われかねません。

《無口で大人しいタイプ》
何をするにも反応が鈍く、時々不安になりますが、
与えた知識は必ず記録し、確実に吸収してゆきます。
図らずもこの二人が、過去の記事を立証する事例となりました。

指導する側にも、若干の問題があります。
諸先輩方は、とても懇切丁寧に指導しているとは言えません。

まず悪しき伝統として、面倒な雑用を押し付け、
連日、達成感の無い“反復作業”をさせています。

肝心の、職務に必要な技能については、
最小限の情報・・・いわゆる“端折った”手法だけを教えて、
最大限の理解を強要します。

しかし、ひとたびアフター5ともなれば、
自分の“縄張り”を連れ回して、
“悪い遊び”を手取り足取り教えるのです。

親睦を深めることは大いに結構ですが、
これで、優れた人材としての成長を期待することは、
「無謀」と言うほかありません。

つまり、希望に満ちた若者を腐らせるのは、先輩です。
この連鎖によって、日本の産業,経済,果ては司法,行政に至るまでが、
緩やかに弱体化してゆくようで、小生は憂慮しています。

新しい種子を芽吹かせるためには、
腐った実は地に落ちなければなりません。

小生、腐るつもりは毛頭ありませんが、
いずれの後輩にも、持てる技術と倫理の全てを伝えるべく、
精進してゆく所存と致します。

2008年10月 8日 (水)

怪物の子供たち

過去の記事で懸念していたことが、現実となって顕れ始めたようです。

《J-CASTニュース様/「モンスターチルドレン」が出現》
《izaニュース様/“親”だけじゃない「モンスターチルドレン」の実態》
《「中年の主張」様/親の背中を見て子は育つ》

〈原因〉
ほぼ間違い無く、親に責任があります。
良くも悪くも、子供は親の特性を引き継ぐものです。

誤解を恐れずに申し上げますと・・・、
親の“限界”が低ければ、子供はそれを超えられません。

〈傾向〉
口を衝いて出てくる言葉など、大概“虚仮威し”です。
過敏に反応し、狼狽えるから、付け込まれるのです。

「教育委員会に訴えてやる」が得意技のようですが、
本当にそんなことができるのかどうか、落ち着いて考えてみましょう。

縦んば、裁判沙汰になったとしても、
被害者になりきるほどの器用さは、持ち合わせていないと推察します。

〈対策〉
まずは、攻撃に効果が無いことを教えて差し上げましょう。
誤解を恐れずに申し上げますと・・・、
相手が自分と対等などと思わないことです。
動物を為付けるぐらいの心構えが、丁度良いかと存じ上げます。

念のために、業務(または公務)を妨害した証拠や、
不快を感じた人の証言を集めておいても良いでしょう。
そんなものを使わないに越したことはありませんが、
足元を固めることによって、自信が身に付きます。

〈懸念〉
小生、親は子供に人生の“全て”を教えて、
いつかは自分を超えさせることが義務であると認識しています。
手を抜くと、それが子供の“限界”となり、
世代を経るごとに益々低下してゆくでしょう。

このような経緯で、社会に適合できない人間が増えてゆくこと・・・
ひいては、このような人々が社会を構成してゆくことが懸念されます。

2008年5月24日 (土)

子供の食事と風紀についての考察

小生が小学生の頃は、学校の教育方針として「買い食い」を禁止していました。
それが発覚しようものなら、学校はもとより、両親に厳しく叱られました。

そして現代、通勤で道端をふと見やると、コンビニで子供達が、
ファーストフードや駄菓子を貪り食う光景が散見されます。
「あんな偏った食事で・・・」と考え始めたとき、
「買い食い禁止」の意図が理解できました。

育ち盛りの子供達は、成人よりも多くのエネルギーを必要とします。
特にビタミンCとB群は、精神面の健全な育成に不可欠です。
欲望の赴くままに食べていると、当然、このバランスが崩れ、
身体ばかりが大きくなって、精神が追従しません。

それが証拠に、コンビニ前の彼等は非常に行儀が悪く、
包装紙等のゴミを捨て散らかしています。
自分達の行為の因果を推し量るほど、精神が発達していないのでしょう。
もはや、野生動物の食事態度にも劣る醜態です。

「買い食い禁止」とは、このように、
風紀と食生活が相互に関与しながら悪化することを
懸念して発令されたものなのでしょう。

子供に質の良い食事を与えることは、親の責任です。
それの良し悪しで、今後の人生が決まると言っても、過言ではないでしょう。
先述の子供達には、親が小遣いを渡し、
「これで適当に何か食っとけ」と言い放つ情景が想像されます。
これは既に、育児放棄に他なりません。

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2008年4月18日 (金)

道徳心の低下に関する懸念

《asahi.com様/子どもの道徳心を偏差値化 各地の小中学校でテスト》

小生が小学生の頃、「道徳」という学科はありましたが、
試験はありませんでした。

学力はともかく、思想までも点数で評価することは好ましく思いません。
・・・が、実際に試験問題が存在し、それが実施されているのなら、
やはり道徳心の低下は、逼迫した懸案なのでしょう。

小生、道徳心の“基礎教育”は、親に責任があると断言します。
例えば「目上の人や有識者には敬意を払い、教えを請うべきである。」
という概念を与えなければ、子供は教師の言うことなど聞きません。
「学級崩壊」と呼ばれる事態の原因も、ここにあると推定します。

文部科学省は「愛国心」を重点的に指導したいようですが、
現在の日本は、とても愛せるような状況ではありません。

経済は低迷し、行政はそれを解決できず、
立法は暴走し、司法は頼りにならない・・・。

あまり考えたくはありませんが・・・、
「愛国心」を必要としている機関,組織の人々の道徳心も、
かなり低下しているようです。
このままでは「学級崩壊」どころか、「国家崩壊」も起こりかねません。

日本の将来を本気で杞憂するなら、まず大人が改悟するべきです。
そして、試験の結果を基にして指導・・・などという消極的な手法ではなく、
次代を担う世代と密接に向かい合い、
高尚な道徳を伝える努力が肝要となるでしょう。

いつか日本が、誇りを持って暮らせる、
愛に満ち溢れた国になることを願って止みません。

2008年2月12日 (火)

個性を発揮する子供の教育についての考察

《『家庭を聖域にしてはいけない』様/親和充足によって親も育つ》
非常に興味深いお話でした。
つまり、優れた才能を秘めた人は、子供の頃から、
それが溢れ出ることを抑え切れないのでしょう。

小生、義務教育の必要性は理解できますが、
型に嵌まらない子供を「異常」と見做す風潮に疑問を感じます。

そもそも人間の素質は、一概に優劣を問えるほど単純ではありません。
縦一列に並べて順位をつけることも、
横一列に並べて順位をつけないことも、
どちらもナンセンスです。

小生は、宇宙空間に星が浮かんでいる状態を想像します。
そこに方向の概念は無く、ただ相対的な距離があるだけです。

大人たちは、宇宙の如く壮大な博愛の精神を以て、
子供たちを導き、そして見守ってあげるべきでしょう。

2007年12月 5日 (水)

怪物の称号を得た親たち

《なんで屋(東京)様/どうするモンスターペアレント?》
《るいネット様/モンスターペアレント、どうする?》
最近この言葉をよく見聞きするようになりました。
小生、人の親にも、教師にもなった経験はありませんが、
未経験なりの無責任な見解を述べさせて頂きますと・・・、

〈原因〉
彼等が生まれ育った時代は、経済が急成長していた頃です。
余裕のある家庭なら、欲しい物は何でも手に入ったでしょう。
人間は、物理面が豊かになると、精神面が貧しくなります。

〈傾向〉
彼等は、勢いに任せて我儘を並べ立てますが、
論理が全く立っていません。
“ハッタリ”をぶちかまして、相手が怯んだら、
その隙に付け入るのが常套手段です。
責任の所在を、まず他者に追及する傾向がありますが、
これはつまり、責任を負える程の精神的容量が無いということです。

〈対策〉
不条理な要求は、論理的な根拠を以って、断固拒否するべきです。
最初の攻撃を落ち着いて乗り切れば、
相手が“怪物”などではないことに気付きます。
日頃から情報収集とその共有に傾注し、自分の足元を固めておけば、
精神的優位を確保できます。

〈懸念〉
気懸かりなのは、こんな親が育てた子供たちのことです。
彼等が、親よりも優れた人格を形成するとは思えません。

親たちが、教育の責任を学校に転嫁するのならば、
教師は子供たちに道徳心を説いて、
そんな親が正しいのかどうか、
判断する能力を与えてあげるべきでしょう。

2007年10月27日 (土)

学校教育についての考察

《ヨリモ『今月のひと』堀北真希様》
「成人してからも誰かに甘えている人」は、
いささか身につまされるお言葉でした・・・。

小生にも、社会に出てから知識を欲することが幾多ありました。
しかし職に就いてしまうと、時間の折り合いが難しくなりますし、
講習を受けに行ったりすると、何故かテキストを買う羽目になり、
それなりにお金が掛かります。

遊びたい盛りの子供達の耳に「将来を見据えて勉強しなさい」
という言葉は、なかなか届き難いでしょうが、
学ぶことに専念できる時間があることの有難さには、
是非とも気付いて欲しいものです。

「学校で学んだことなど社会で役に立たない」とは、よく耳にする論ですが、
逆に、“人生に必要な最小限のことだけ”を学ぶことなど、到底できません。
例えば、100学んだうちのたった1つしか役に立たなくても、
それを学ぶ価値は充分にあります。

学ぶことにおいて、無駄なことなど何一つ無いのです。
役に立つか立たないかは、その人次第と言えましょう。

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