2008年10月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック

社会一般

2008年8月23日 (土)

映画『攻殻機動隊/GHOST IN THE SHELL』

知人の影響で、原作の漫画は15年以上も前に読んでいました。
映画化されたのは、原作から約4年後でしたが、
国内での評価は、あまり芳しくなかったようです。

小生も、当時は高価だったDVDに手を出すこともなく、
シンガポールで遭遇した違法ビデオCDにも惑わされず、
先日テレビで放送されたものを、ようやく観賞しました。

10年以上も前のフィクションが、現在のこと、
そして未来への変遷まで予言しているようで、戦慄しました。

中でも、特に気に掛かった台詞があります。

「同じ規格品で構成されたシステムは、
どこかに致命的な欠陥を持つことになる。」
「組織も人も、特殊化の果てにあるのは、緩やかな死。」

小生はこれを、
「合理性を追求するあまり、個性を排除してゆくと、
柔軟性を失い、体制が脆弱になり、いつか崩壊する。」
と解釈します。

これは、あらゆる事象に当て嵌まるのではないでしょうか?

2008年8月16日 (土)

企業の人材育成に関する懸念

《なんで屋(関西)様/「人材育成」という言葉にスポットが当るのは!?》
《なんで屋(東京)様/人材育成どうする?》

小生、少々名の通った企業に務めておりますが、
人材育成の状況については、企業の規模を問わず、
悪化の懸念を感じております。

これもやはり、景気の滞塞に起因しているものと推察します。
企業は、経費の削減を余儀なくされると、
真っ先に人件費に着手します。

否、未曾有の危機を目の当たりにして、
人件費より他に、削減する対象が思い付かない・・・
と表現したほうが適切でしょう。

ましてや、「人材育成」などという、目に見えず、
効果の程も定かでないもののために費用を捻出するなど、
躊躇も極まるでしょう。

高度な技術を低賃金で雇いたい・・・という矛盾を抱えたまま、
未熟者を「プロ」に仕立てて最前線に放り出した挙句、
世間を賑わすような事件や事故が起こってしまうのでしょう。

しかし事業主とて、
悪意をもって雇用者を危険に晒しているわけではありません。
本当に、どうすれば良いか判らないのです。

よって、責任の追求は無意味です。
組織を変えたいのなら、一人一人が原動力となるべきでしょう。

2008年7月19日 (土)

叔父が交通事故に遭いました

現場は自宅のすぐ近くで、交通が閑散な地域です。
そこを散歩中に軽トラックに撥ねられ、翌日亡くなりました。

過去の記事で、モラルの低い運転者が増えている懸念を述べましたが、
こうやって、ごく身近で事故が起こったことで、
その「推測」が「確信」に近付きました。

加害者を詰りたい気分をどうにか抑えて、
自動車を運転している皆様に申し上げます。

特に、通勤等で「慣れている」と自覚している方こそ要注意です。
貴方は、熟練した技術で危険を避けているのではありません。
脳が無意識に、不要と思しき情報を排除しているだけです。
排除した領域に突然、不確定要素が飛び込んできて、事故が起こるのです。

自動車を運転していると、周囲の状況は意外に認知できていません。
人間とは、慣れて,忘れて,怠ける生き物です。

歩行者等、「交通弱者」の皆様にも申し上げます。

道路交通法における弱者優先の原則など、もはや幻想です。
自動車の運転者は、貴方のことを「動く障害物」程度にしか思っていません。

いざ事故が起こって、被害者の意識が無いと知るや、
卑劣な言い訳をして逃げ回るのです。

自動車運転免許証の所持者とは、高度な教育を受けて、
自動車を運転することを“免じて許された”人のように思えますが、
現実は、そのようなレベルには遠く及びません。

続きを読む "叔父が交通事故に遭いました" »

2008年7月15日 (火)

「面白い人のほうが好まれるのか?」という疑念

小生、この歳にもなると、
“合コンのようなもの”を経験しておりますが、
とある女性の「私はいつも笑っていたい」
という発言が印象に残っています。

常に笑顔でいるよう心掛けているのか・・・と思いきや、
そうではないらしく「お笑い芸人のように私を愉しませてくれ」
という意味だと知り、幻滅しました。

そして昨今、芸能ニュースでは、モデル系の女性タレントと、
“イケメン”と評されるお笑い芸人の間に噂が立ち、
間もなく破局を迎えるという、ゴシップ記事が散見されます。

常に笑いながら人生を過ごせたら、素晴らしいことでしょうが、
人間には『喜・怒・哀・楽』の感情があるのですから、
笑えるような出来事は、人生において4分の1以下・・・否、
実際には『怒』や『哀』のほうが遥かに多く感じるでしょう。

小生、金輪際“合コンの類”に参加する気はありませんが、
少ない経験と勘に基づいた提言を申し上げますと・・・、

《女性の皆様へ》
 「面白い人」など、すぐに飽きます。
 見た目の良さや、取っ付き易さに惑わされぬよう、
 本質を見抜く目を養って下さい。

《男性諸氏へ》
 「面白い人」になろうとして、無理に冗談など言わず、
 まずは、信頼感を与えるよう努力したほうが、
 賢明であるかと存じ上げます。

小生は別の方法で、『喜・怒・哀・楽』を共感できる女性を探します。

エコバッグ所有の賛否についての考察

 《『虹色オリハルコン』様/エコバックはエゴなのか》
確かに、買い物カゴや、華やかなデザインのトートバッグを
持ち歩くことは、男性にとっては抵抗があります。

小生、通勤には“デイパック”程度のリュックを持ち歩いています。
道中の不慮の買い物でコンビニ等に寄っても、
レジ袋を貰わずに済ますことを想定しています。

週末の買い物には、登山用のリュックを担ぎ、
マウンテンバイクを駆ります。
いささか仰々しくて、恥ずかしいような気がしなくもありませんが、
これはこれで、自己満足しています。

勇気をもってレジ袋を断り続ければ、良いこともあります。
小生、複数の店舗において、レジ係の若い女性店員に、
「袋が要らない人」として覚えてもらいました。

この事象から「手間の掛からない男のほうが、好感度が高い。」
と確信しました。

男性諸氏も、まず“下心ありき”でも結構ですから、
行動を始めてみることをお勧めします。

2008年6月29日 (日)

環境問題を題材としたブログにおける騒動についての考察

小生が度々訪れている高樹沙耶女史のブログで、
“ひと騒ぎ”あったようです。

事の発端は、地球環境に配慮した形式の住宅についての
勉強会への参加者を「ボランティア」と称して募集していたことで、
この表現がお気に召さなかった方が、大勢いらっしゃったようです。

最初のコメントは、純粋な疑問だったようですが、
続くコメントの殆どは、文字通りの「野次馬」でした。

彼らは、「ボランティア」の言葉の意味は理解しても、
その精神は全く理解していません。

そもそも「ボランティア=タダ働き」という思想が卑屈であり、
それを感情に任せて、公共の場に書き捨てるなどとは、
自ら了見の狭さを露呈するような行為です。
ボランティアに心底興味のある人なら、黙って現場に向かうでしょう。

労働への対価を、金品だけで表現するなどナンセンスです。
何物にも代えがたい、カタチのないものが手に入ることもあります。
それが理解できない人に、地球を救うことなどできません。

続きを読む "環境問題を題材としたブログにおける騒動についての考察" »

2008年6月 4日 (水)

謝ることは損なのかという疑念

昨今、世情において「謝ったら損」「譲ったら負け」
という風潮が強まっているように感じます。

何らかの事件を起こした当事者が、会見の席で
「誠に遺憾」と発言する事例が散見されますが、
この言葉の意味は「残念」「心残り」「気の毒」であり、
謝罪ではありません。

このような卑屈な言い回しからは、
「一番の悪者にならぬよう、何とか責任を逃れたい。」
という意図が感じ取られます。

しかし、その場しのぎのプライドなど、
先の人生においては、何の役にも立ちません。

小生は、ほんの少しでも、誰かを不快にさせたと感じたら、
速やかに謝罪の言葉を述べます。

先に非を認めると不利になる・・・と、
勘違いしていらっしゃる方が多いようですが、
こんな程度のことでは、まだ優劣は決まりません。

むしろ、緊張を緩めて、交渉を穏やかに運ぶ効果が期待できます。
堂々とした態度で応対すれば、相手に信頼感を与えます。

つまり、“言い訳をしながら逃げ回る”こととは、逆の行動です。

そして、できることなら、無用のトラブルを未然に避けるべく、
自分の発言や行動が、誰かを不快にさせないか、
常に気を配っておきたいものです。

2008年5月16日 (金)

娯楽系マスメディアの希薄化に関する懸念

《『週刊!尾花広報部長』様/最近の疑問》
尾花様の疑問は、ご尤もであるかと存じ上げます。

昨今、映画然り、テレビ然り、音楽然り、娯楽系のマスメディアにおいて、
過去に高い評価を得た作品の「焼き直し」や「使い回し」が散見されます。

あくまでも邪推ですが・・・、
これらの事象は、制作側の経済的苦境が露呈しているものと思われます。
“冒険”をした結果が“ハズレ”となることを恐れるあまり、
より堅実な手法を選ぶようになってしまったのでしょう。

しかし、費用を節約しすぎた挙句、作品の完成度が著しく低く、
「過去の栄華」を台無しにしてしまう事例も、稀に見掛けます。

諸悪の根源が、経済の滞塞であることは、想像に難くありません。
きっと他の業種でも、同様の事態が起こっていることでしょう。

とある有識者の受け売りですが・・・、
このような窮状においては、保身は賢明ではありません。
数学的に表現すれば、ゼロからマイナスの間を行き来しながら、
無為に消耗しているだけです。

これをプラスに転じるためには、
発想を転換し、独創性を発揮しなければなりません。
現に、成功した企業が幾つかあり、
ニュースやドキュメンタリーで紹介されています。

費用と成果の皮算用などに固執せず、
柔軟に考えれば、画期的な方法が見つかるはずです。

小生も、本業および副業において、
独創性を発揮すべく、日々思索,考究しております。

2008年2月23日 (土)

成人年齢を18歳に引き下げる提案に関する懸念

《『週刊木村剛!』様/・・・18歳以上を成人にする?》

小生、「成人」と呼ばれる年齢を随分と過ぎておりますが・・・、

「成人」の定義を18歳に引き下げることは、
国民の側から見れば、メリットは僅少です。
飲酒も喫煙も、興味のある者なら、年端も行かぬうちから手を出しますし、
政治に興味の無い者なら、20歳を過ぎても選挙になど参加しません。

これはむしろ、行政面でのメリットを狙っていると、小生は邪推します。

酒類や煙草の消費量の増加が見込めますし、
有権者の増加により、投票率が少しは上がるでしょう。
結婚が早期化すれば、少子化に歯止めが掛かるかも知れません。

しかし、それらの法整備に手間(と税金)を掛けた割には、
期待するほどの効果はあがらなかった・・・
という結末も予想されます。

環境・自然の記事でも述べましたが、重要なのは、
ルールの制定ではなく、個人の意識が変わることです。
それは、官にも民にも当てはまることであると断言します。

「欲しいものが手に入らない」と嘆く前に

小生も若年の頃、「恋人が欲しいなぁ・・・」
「もっとお金があればなぁ・・・」などと、
漠然と考えながら生きていた時期がありましたが、
当然、そのような“腑抜けた願望”が叶えられるはずもなく、
寄って来るのは、性別を問わず、
同じようなことを考えていらっしゃる方々ばかりでした。

しかし、ある日突然、
「何か欲しいものがあるのなら、まず自分自身が、
それに相応しい“品格”を身に付けるべきだ。」
と思い立ちました。

持ち物や所作など、自分に関わるあらゆるものの
品位を改善すべく見直した結果、
“憑物”が落ちたように、浅ましい欲望が無くなりました。
つまり、「欲しいものが手に入らない」のではなく、
「要らないものを欲しがっていた」のです。

《『afi style』様/追えば逃げる》

アフィ様の言葉を借りて云い換えるなら、
追いかけても手に入らないものは、要らないもの・・・
或いは、不釣合なものです。

小生、どうやら「追いかける」状態からは脱却できたようですが、
まだ、誰かに「追いかけられている」実感はありません。
一日も早くその“境地”に到達できるよう、
精進を続けてゆく所存でございます。

2007年12月11日 (火)

労働と休息の理想と現実についての考察

《なんで屋カード工房様/男性の生活尊重》
一昔前は、定職に就いているだけで尊敬の対象となりました。
家庭を顧みず仕事に没頭しても、それは生活の為に止むを得ないことで、
逆に、家庭の事情を職場に持ち込むと「軟弱者」と批評されました。

そんな過去と比べると、現在の労働環境は格段に改善されています。
家庭を顧みる余裕も充分にある・・・と言いたいところですが、
現実の社会情勢は、それを許しません。

最大の要因は、やはり景気の滞留でしょう。
企業は、経費削減を余儀無くされた時、
真っ先に人件費から着手します。
「人手が足りなくて、休暇どころではない。」という経験は、
会社員の皆様なら、誰しも経験しているでしょう。

しかし嘆いていても、事態は改善しません。
あまつさえ、職業にまつわる規則は複雑化の一途を辿り、
かつての好景気の頃のような、
単純明快な状態に戻ることは期待できません。

積極的に情報を収集し、能動的に行動しなければ、
理想と現実の間でジレンマに陥ることでしょう。

人類は、さらなる“進化”を自らに課しているのかも知れません。

フォト
ブログ:ココログ